ニャロメロンのギャグ漫画に興味ねえしな〜〜と思ってスルーしてきたマウントセレブが金髪縦ロール巨乳お嬢様のエロコメ漫画だと知ってたまげている そういう大事なことは版元がきちんと強調してくれ
About
"(宿題を見せあうように、生き抜きたかった)" /『最果てのイマ』
リョナ寄りのエロ漫画家がプロ格ゲーマーの配信で「ゲームでは女が男に殴り勝てるがそんなのは嘘であり云々」みたいな話を誰一人反応してないのにずっと連投してたの見てゾッとしたことを思い出していた あれ本当に何だったんだ
モブおじさんなどというおじさんはない!
元ネタの山羊の歌だとこの2篇はちょっと離れた位置に収録されてて、これ見てあんまりくっつけようと思わないのでは? って思ってたとゆーだけの話なんですが……
臨終サーカスって名前、もしかして友川かずきの中也アルバムの冒頭2曲の「サーカス」「臨終」の並びから着想を得てたりしてるのかな(何の背景知識もない思いつき)
武田弘光やNTロボが描く気丈な女性の造形がめちゃくちゃ好きなんだけど、彼らの描く女性は早いと3ページくらいで気丈ではなくなるんだよな
TerasuMCの絵を構図含めてトレースしてツギハギして商売してたマンがいつのまにか独自性を発揮できるようになっていた 人間は成長できるのかもしれない……
マネマネにちにち、やりたいことはわかるけどうまく行ってないよな……という素朴な感想がある 「ラブコメは男側をかわいく描くのが肝」というコモンセンスの発達に大きな役割を果たした漫画家の新作であるという事実が重い……
時間芸術を分析する時には要素を離散的に捉え直す必要があり、その過程で失われるものも多くあるが、「受け手の脳内」の方を単純な離散的モデルとして扱うことにより、損失を抑えたまま分析ができる ほんとか?(直観100%)
受け手の脳内にある感情のステートマシンを「感動」というステートに向けて逐次的に状態変化させるのが物語の機能である、みたいな整理を行うことで見えてくるものがあるのではないか(どこかで噛み合わなくなると進行が止まる)